CASE 14

第14話 兄妹で受益権を半分ずつ取得したら、家賃も半分?

和子の相続税申告を終えた翌年の2月、美咲と健一は税理士事務所を訪れました。

今回申告するのは、和子が亡くなった翌日から12月31日までに、賃貸マンションから生じた所得です。

和子が亡くなったのは2月末でした。そのため、美咲と健一について計算する期間は、3月から12月までの10か月間になります。

税理士は、二人の前に計算表を置きました。

「この10か月間の不動産所得は830万円です。受益権の割合は50%ずつですから、美咲さんと健一さんには、それぞれ415万円が帰属します」

健一は、計算表を見ながら首をかしげました。

「415万円ですか。でも、私はマンションからまだお金を受け取っていません」

美咲も、そこで初めて気づきました。

和子が亡くなった後も、家賃はこれまでどおり信託口口座へ振り込まれ、そこからマンションの経費や借入金が支払われていました。

美咲は、それまでと同じようにマンションと信託口口座の管理を続けていました。

しかし、二人とも、自分たちへの現金分配をどうするかまでは考えていませんでした。

確定申告のために税理士が10か月間の所得と資金の動きを整理したところで、二人は初めて、信託口口座に残った現金をどうするのかという問題に気づいたのです。

母は毎月お金を受け取っていた

健一が尋ねました。

「母さんは、信託口口座から毎月お金を受け取っていたよね。僕たちへの分配も、毎月するものではないのですか」

「和子さんへの送金は、受益者である和子さんの生活費として行っていたものです。美咲さんと健一さんへの分配を、同じ方法で行わなければならないわけではありません」

受益者への給付を、必ず毎月行わなければならないわけではありません。

いつ、どのように給付するかは、信託契約の内容や信託の目的、信託財産の状況を踏まえて考えます。

山田家では、和子が亡くなった後の分配時期や方法について、具体的に話し合わないまま確定申告の時期を迎えていました。

「それでも、私には415万円の所得があることになるのですか」

「はい。現金を受け取ったかどうかと、不動産所得が誰に帰属するかは別の問題です」

マンションを共有しているのと同じ?

健一は、もう一つ尋ねました。

「受益権を半分ずつ持っているなら、マンションを美咲と私で半分ずつ共有しているのと同じですか」

「不動産所得が半分ずつ帰属するという結果は似ています。ただし、財産を管理する仕組みが違います」

マンションを兄妹が直接共有するのであれば、美咲と健一が、それぞれ不動産そのものの持分を持ちます。

山田家では、マンションは引き続き信託財産です。

受託者である美咲が、マンション全体を管理します。家賃も、美咲の分と健一の分に分けて振り込まれるのではなく、信託口口座へまとめて入金されます。

そこからマンションの経費や借入金を支払い、今後の管理に必要な資金を残します。

一方、信託から利益を受ける受益権は、美咲と健一が50%ずつ持っています。

税務上は、信託財産から生じる所得が、その受益権の割合に応じて二人へ帰属します。

そのため、マンションの管理と入出金を美咲が一括して行っていても、不動産所得の全額が美咲の所得になるわけではありません。

「管理とお金の出入りは美咲がまとめて行う。でも、税務上の所得は二人に半分ずつ帰属するのですね」

「そうです。所得の計算結果は共有の場合に近くても、財産の管理と資金の流れは同じではありません」

受託者報酬は、受益権による分配とは別

税理士が作成した必要経費の一覧には、「受託者報酬 50万円」と記載されていました。

その項目を見て、美咲は、受託者報酬を決めたときのことを思い出しました。

和子から月10万円という提案が出たとき、山田家は、美咲の業務記録を持って税理士へ相談しました。

管理会社や税理士の仕事と重ならない受託者業務を確認し、契約上の手続と税務上の取扱いを整理したうえで、月5万円、年60万円と決めたのでした。

今回の計算期間は10か月間なので、美咲へ支払う受託者報酬は50万円です。

受託者報酬は、美咲が受託者として行う管理業務への対価です。

これに対して、不動産所得の帰属と信託財産からの現金分配は、美咲と健一が持つ受益権に基づきます。

美咲が受託者報酬を受け取っても、兄妹の受益権が50%ずつであることは変わりません。

10か月間の不動産所得は830万円

税理士は、3月から12月までの不動産所得を次のように整理しました。

項目 金額
賃料収入 1,250万円
必要経費 ▲420万円
不動産所得 830万円

必要経費420万円には、美咲へ支払う受託者報酬50万円と、現金支出を伴わない減価償却費150万円が含まれています。

不動産所得830万円は、受益権の割合に従って二人に帰属します。

受益者 受益権の割合 帰属する不動産所得
美咲 50% 415万円
健一 50% 415万円

美咲と健一は、それぞれ415万円を自分の不動産所得として申告します。

美咲が受託者として家賃を受け取り、経費を支払っていても、830万円の全額を美咲の所得として申告するわけではありません。

健一がマンションの管理に直接関わっておらず、まだ現金を受け取っていなくても、健一には415万円の不動産所得が帰属します。

所得415万円と、実際に分配できる現金

「では、信託口口座から415万円ずつ受け取ることになるのですか」

健一が尋ねました。

「そうとは限りません。不動産所得と、実際に分配できる現金は別に計算します」

必要経費に含まれる減価償却費150万円は、建物や設備の取得価額を毎年の必要経費へ配分するものです。

必要経費にはなりますが、その年に150万円が信託口口座から出ていくわけではありません。

一方、借入金の元本返済は、信託口口座から実際に支払われますが、必要経費にはなりません。

そのため、不動産所得と口座に残る現金には差が生じます。

税理士は、10か月間の資金の動きを別の表にまとめました。

項目 金額
賃料収入 1,250万円
現金で支払った経費 ▲270万円
借入金の元本返済 ▲300万円
修繕などに備えて残す資金 ▲80万円
分配可能額 600万円

現金で支払った経費270万円には、美咲への受託者報酬50万円も含まれています。

借入金の元本300万円を返済し、今後の修繕や支払いに備えて80万円を信託口口座へ残すと、今回分配できる現金は600万円となります。

二人への最初の分配を決める

分配可能額は、税法によって一律に決まる金額ではありません。

信託契約と信託の目的を前提に、借入金の返済、予定される修繕、税金などの支払い、信託財産に残しておく資金を考えて決めます。

山田家では、今回、確定申告のために資金の動きを整理したことで、600万円を分配できることが分かりました。

その600万円を、受益権の割合に従って、美咲と健一へ50%ずつ分配します。

受益者 受益権の割合 現金分配額
美咲 50% 300万円
健一 50% 300万円

二人は、今回の確認を受けて、初めて自分たちへの現金分配を決めました。

年1回だけ分配すると決めたわけではありません。

今後の分配については、信託契約の内容とマンションの資金状況を確認しながら、その都度考えることにしました。

美咲が受け取る現金は350万円

美咲が受益者として受け取る現金は300万円です。

これとは別に、受託者として行った10か月分の業務について、50万円の報酬を受け取ります。

内容 金額
受益者としての現金分配 300万円
受託者としての報酬 50万円
美咲が受け取る現金合計 350万円

健一が受け取る現金は、受益者としての分配300万円です。

美咲の受取額が50万円多いのは、受益権の割合が違うからではありません。

美咲が受託者として行った仕事への報酬が加わっているためです。

受益者として受け取る現金と、受託者として受け取る報酬は、分けて記録します。

300万円を受け取っても、申告する所得は415万円

健一は、もう一度二つの表を見比べました。

「私は300万円を受け取りますが、確定申告では415万円の不動産所得を申告するのですね」

「そうです。実際に受け取った現金ではなく、受益権に応じて帰属する不動産所得を申告します」

美咲も、受益者として415万円の不動産所得を申告します。

美咲が受け取る受託者報酬50万円については、不動産所得の分配とは別に、報酬を決めた際に確認した税務上の取扱いに従って申告へ反映します。

家族信託では、信託口口座から受け取った金額だけを見ても、申告する所得は分かりません。

  • 受託者として信託財産を管理する人

  • 受益権に基づいて所得が帰属する人

  • 信託財産から実際に分配される現金

  • 受託者の仕事に対して支払われる報酬

この四つを分けて整理する必要があります。

美咲が資料をそろえ、税理士が帳簿へ反映する

美咲は、受託者として、信託口口座の入出金記録、借入金の返済資料、請求書、領収書、受託者報酬と兄妹への分配に関する振込記録をそろえます。

税理士は、それらの資料を基に、信託不動産の収入と必要経費を帳簿へ反映します。

さらに、借入金の元本返済と利息、減価償却費、受託者報酬を区分し、不動産所得830万円を計算します。そのうえで、受益権の割合に従い、美咲と健一に415万円ずつ帰属させ、それぞれの確定申告書を作成します。

信託口口座に残す金額と兄妹へ分配する金額については、美咲と健一が税理士の計算を確認して決めます。

美咲は、決まった内容に従って振込みを行い、その記録を信託財産の管理資料として保管しました。

山田家の結論

和子が亡くなった後も、マンションは信託財産のまま、美咲が受託者として管理しています。

一方、受益権は、美咲と健一が50%ずつ取得しました。

家賃の受取り、経費の支払い、借入金の返済は、美咲が信託口口座を使ってまとめて行います。

それでも、不動産所得の全額が美咲に帰属するわけではありません。

3月から12月までの不動産所得830万円は、受益権の割合に従い、美咲と健一に415万円ずつ帰属します。

実際に分配する現金は、不動産所得とは別に計算します。

今回、確定申告のために資金の動きを整理した結果、分配可能額は600万円となりました。

この600万円を、受益権の割合に従って300万円ずつ分配します。

美咲には、これとは別に、受託者として行った業務への報酬50万円を支払います。

管理は、受託者である美咲がまとめて行う。

所得は、受益権に従って兄妹に帰属する。

現金は、信託財産の管理に必要な資金を残したうえで分配する。

山田家では、この三つを分けて計算し、記録することにしました。

今回のポイント

  • 和子が亡くなった後も、マンションは信託財産として美咲が管理する

  • 美咲と健一は、受益権を50%ずつ取得した

  • 不動産所得が半分ずつ帰属する結果は共有の場合に近くても、財産の管理と資金の流れは異なる

  • 家賃の受取り、経費の支払い、借入金の返済は、美咲が信託口口座でまとめて管理する

  • 信託不動産の所得は、受益権の割合に応じて受益者へ帰属する

  • 現金をまだ受け取っていなくても、不動産所得は受益者に帰属する

  • 3月から12月までの不動産所得830万円は、兄妹に415万円ずつ帰属する

  • 減価償却費は必要経費になるが、その年の現金支出ではない

  • 借入金の元本返済は現金支出になるが、必要経費にはならない

  • 今回は確定申告をきっかけに資金を確認し、600万円を分配可能額とした

  • 分配可能額600万円は、受益権の割合に従って300万円ずつ分配する

  • 美咲への受託者報酬50万円は、受益権に基づく分配とは別に扱う

  • 受け取る現金が300万円でも、二人が申告する不動産所得はそれぞれ415万円となる

  • 美咲が取引資料をそろえ、税理士が帳簿、所得計算、確定申告書を作成する

次回予告 もっとよい条件で売却の話が来たら、信託はどう終わる?

兄妹で初めての確定申告を終えた後、マンションの購入を希望する会社から新たな提案が届きました。

以前に検討したときよりも、よい条件です。

和子はマンションを手放さないことを選びましたが、美咲と健一が同じ思いを持っているわけではありません。

二人は、マンションを売却し、借入金を返済したうえで、家族信託を終えることを考え始めます。

次回は、信託不動産を売却した場合の譲渡所得と、信託終了時の財産の引渡しを確認します。

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