第5話 インボイスの登録番号は、母と長女のどちらを書く?
信託が始まり、マンションの登記名義と家賃の振込先が変わりました。
管理会社は、それに合わせて事業用区画の賃料請求書も作り直しました。
届いたひな型を開いた美咲は、二つの表示を見比べました。
一つは、これまで使っていた和子の適格請求書発行事業者の登録番号。
もう一つは、新しく加えられた「受託者 山田美咲」という表示です。
「マンションを管理するのは私になったのに、登録番号はお母さんのままでいいのかしら」
登記には美咲の名前が載り、家賃は美咲が管理する信託口口座へ振り込まれます。請求書を管理会社へ指示するのも、これからは美咲です。
それなのに、インボイスには和子の登録番号が残っています。
美咲は、顧問税理士へ連絡しました。
登記に美咲の名前が出たら、登録番号も変わる?
「登記も口座も、受託者である私が管理する形になりました。インボイスの登録番号も、私のものへ変えるのでしょうか」
美咲が尋ねると、税理士は答えました。
「受託者として管理する人が変わったことと、課税売上げが誰に帰属するかは、分けて考えます」
山田家では、美咲が受託者としてマンションを管理します。しかし、マンションから生じる利益を受ける受益者は和子です。
信託不動産の賃料収入は、消費税でも、原則として受益者の取引として扱います。
したがって、事業用区画の課税対象賃料について確認する登録主体は、引き続き和子です。
インボイスが必要なのは事業用区画
山田家のマンションには、住宅用区画と事業用区画があります。
住宅用として貸している区画の家賃は、原則として消費税がかかりません。
一方、事務所として貸している事業用区画の家賃は、消費税の課税対象です。
マンション全体の年間家賃収入は約1,500万円ですが、その全額が課税売上げになるわけではありません。
今回、インボイスの表示を確認する必要があるのは、事業用区画の賃料です。
和子の事業用区画に係る課税売上高は1,000万円以下でした。それでも、賃借人からインボイスの交付を求められたため、和子は信託を始める前から適格請求書発行事業者として登録していました。
税理士は、以前からマンションの家賃の内訳と、和子が登録事業者であることを把握しています。
今回確認するのは、信託開始後もその登録番号を使うのかという点でした。
管理を引き受けても、美咲の売上げにはならない
「請求書を出す手続も、家賃の管理も私がします。それでも、私の売上げにはならないのですか」
「はい。美咲さんが受託者として管理実務を行うことと、賃料収入を受ける立場になることは同じではありません」
美咲は、管理会社との連絡、請求書の発行指示、家賃の入金確認を行います。
しかし、その仕事を引き受けたからといって、マンションの賃料収入が美咲個人の売上げへ変わるわけではありません。
山田家では、賃料収入から生じる利益を受けるのは和子です。
そのため、所得税だけでなく消費税についても、課税対象となる賃料は和子に帰属するものとして扱います。
登録番号は、引き続き和子のものを使う
「では、管理会社が作ったひな型に、和子さんの登録番号が残っていること自体は間違いではありません」
税理士はそう説明しました。
信託を始めても、信託そのものに新しい登録番号が付くわけではありません。
また、美咲が受託者になっただけで、課税対象となる賃料に美咲個人の登録番号を使うことにもなりません。
山田家では、課税対象となる事業用区画の賃料は和子へ帰属し、和子が適格請求書発行事業者として登録しています。
したがって、インボイスには、引き続き和子の登録番号を使用します。
課税売上高が1,000万円以下であっても、和子は登録事業者です。登録している以上、原則として消費税の申告と納税が必要になります。
ただし、この話で大切なのは、1,000万円という基準の一般論ではありません。
信託開始後も、課税対象となる賃料が誰に帰属するかを確認し、その人の登録番号を使うことです。
和子の番号なら、美咲の名前は書けない?
美咲は、請求書のひな型を見ながら、もう一つ尋ねました。
「和子の登録番号を使うなら、請求書に私の名前を書いてはいけないのでしょうか」
「登録番号が誰のものかという問題と、受託者として誰が発行実務を行うかは別です」
税理士は、和子の氏名と登録番号、受託者としての美咲の立場、管理会社の表示が混同されないよう、請求書の記載を確認しました。
美咲が受託者として請求書の作成や送付を手配することと、登録番号の名義が和子であることは両立します。
ただし、請求書の具体的な表示方法は、賃貸借契約、管理会社の発行方法、和子の登録状況を確認して決める必要があります。
美咲が自分の判断だけで、和子の番号を消したり、自分の番号へ書き換えたりしてはいけません。
信託で変わったもの、変わらないもの
税理士は、美咲が混乱しないように、信託開始の前後を整理しました。
| 確認事項 | 信託開始後の山田家 |
|---|---|
| マンションを管理する人 | 受託者の美咲 |
| 登記に表示される受託者 | 美咲 |
| 家賃を管理する人 | 受託者の美咲 |
| 賃料収入の利益を受ける人 | 受益者の和子 |
| 課税対象賃料が帰属する人 | 和子 |
| 使用する登録番号 | 和子の登録番号 |
信託によって変わったのは、マンションを管理し、請求書の発行を手配する人です。
一方、今回の信託では、賃料収入の利益を受ける人は和子のままです。
そのため、課税対象となる賃料の帰属と登録番号も、和子を基礎に考えます。
美咲が管理会社へ伝えたこと
税理士が請求書のひな型を確認した後、美咲は管理会社へ連絡しました。
「事業用区画のインボイスには、これまでどおり和子の登録番号を使ってください。私は受託者として発行と管理を行います。表示は、税理士が確認したひな型にそろえてください」
管理会社から、修正後のひな型が送られてきました。
美咲は、和子の氏名と登録番号、受託者である自分の表示、管理会社の表示を一つずつ確認しました。
そして、次の資料を信託財産の管理資料として保存しました。
- 修正前と修正後の請求書ひな型
- 税理士が確認した表示内容
- 管理会社へ伝えた指示
- 和子の登録番号を確認できる資料
- 事業用区画の賃貸借契約書
請求書を送る作業は管理会社が行います。
しかし、誰の登録番号を使い、どのような立場で発行するかを確認し、その経緯を残すのは、受託者である美咲の仕事です。
山田家の結論
山田家では、マンションの一部に事業用区画があります。
その課税対象となる賃料は、受益者である和子の課税売上げとして扱います。
和子は信託開始前から適格請求書発行事業者として登録しているため、インボイスには和子の登録番号を使用します。
美咲は受託者として、管理会社との連絡、請求書の発行指示、保存資料の管理を行います。
登記に美咲の名前が載り、家賃を美咲が管理していても、それだけで登録番号まで美咲のものへ変わるわけではありません。
「管理する人」と「課税売上げが帰属する人」を分けて確認する。
それが、信託開始後のインボイスを整えるうえで、山田家が最初に確認したことでした。
今回のポイント
- マンションを管理するのは受託者の美咲
- 課税対象となる事業用区画の賃料は受益者の和子へ帰属する
- 住宅用区画の家賃は原則非課税で、事業用区画の家賃は課税対象
- 年間家賃約1,500万円の全額が課税売上げになるわけではない
- 和子は信託開始前から適格請求書発行事業者として登録済み
- 信託開始だけで、信託に新しい登録番号が付くわけではない
- 美咲が受託者になっても、美咲個人の登録番号へ自動的に変わらない
- インボイスには和子の登録番号を使い、美咲が受託者として発行実務を担う
- 具体的な表示方法は、契約と発行方法を確認したうえで税理士が判断する
- 美咲は変更前後のひな型と確認経緯を保存する
次回予告 確定申告の前に、受託者が提出する書類がある?
請求書の表示を整えた美咲は、修正前後のひな型と登録番号の確認資料を、信託財産の管理ファイルへ保存しました。
年が明けた一月、顧問税理士から美咲へ連絡が入りました。
「確定申告の準備に入る前に、受託者として提出する信託の書類があります。期限は一月三十一日です」
美咲は、和子の確定申告とは別に、自分が受託者として関係する提出書類があることを初めて知りました。
次回は、受託者が提出する信託の計算書と、税理士へ渡す資料について確認します。