家族信託した不動産は、通常、登記上の所有者である受託者が売却します。

ただし、受託者が売買契約を締結したからといって、受託者に譲渡所得が課税されるとは限りません。一般的な家族信託では、信託財産から生じる所得は、原則として受益者に帰属します。

そのため、受託者名義で不動産を売却しても、譲渡所得を申告するのは原則として受益者です。

家族信託した不動産の売却では、登記名義だけでなく、売却時の受益者、取得費、取得時期、居住状況、売却代金の帰属を確認する必要があります。


受託者が売却し、受益者が申告する

家族信託では、委託者が財産を受託者へ移し、受託者が信託目的に従ってその財産を管理・処分します。受益者は、信託財産から生じる利益を受ける人です。

不動産を家族信託すると、登記上の所有者は受託者になります。売却するときも、通常は受託者が売主として売買契約を締結し、買主への所有権移転登記を行います。

一方、一般的な受益者等課税信託では、信託財産に属する資産・負債を受益者が保有し、信託財産から生じる収益・費用も受益者に帰属するものとして所得税を計算します。

確認項目 原則的な取扱い
売買契約を締結する人 受託者
登記手続きを行う人 受託者
譲渡所得が帰属する人 受益者
譲渡所得を申告する人 受益者

例えば、父を委託者兼受益者、長男を受託者として父の不動産を信託した場合、長男が受託者として売却しても、売却時の受益者が父であれば、譲渡所得は原則として父が申告します。

ただし、受益者が複数いる場合や、受益権の一部が他の人へ移転している場合には、受益権の内容や割合に応じて所得の帰属を検討します。


譲渡所得の基本的な計算方法

土地や建物を売却した場合の譲渡所得は、原則として次の算式で計算します。

譲渡所得=売却代金-(取得費+譲渡費用)-特別控除額

取得費には、不動産の購入代金や購入手数料、改良費などが含まれます。建物については、所有期間中の減価償却費相当額を差し引かなければなりません。

譲渡費用には、売却時の仲介手数料、測量費、売買契約書の印紙代、売却のために直接必要となった建物の取壊し費用などが該当します。

取得費が分からない場合は、売却代金の5%を概算取得費とすることができます。ただし、概算取得費を使うと譲渡所得が大きくなり、税負担が増えることがあります。

信託不動産の売却を検討するときは、委託者が取得した当時の売買契約書、領収書、借入関係資料などを早めに探しておくことが重要です。

土地・建物の譲渡所得は、給与所得や事業所得などとは分けて税額を計算する申告分離課税の対象です。


取得費と取得時期は信託登記の日から数え直さない

家族信託を始めると、不動産の登記名義は委託者から受託者へ移ります。しかし、その時点で受託者が不動産を時価で購入したことにはなりません。

委託者と受益者が同じ自益信託では、信託設定の前後で税務上の実質的な所有者は変わらないため、一般に、信託設定前からの取得費と取得時期を基礎として譲渡所得を計算します。

したがって、信託登記をした日の時価を新しい取得費としたり、信託登記の日から所有期間を数え直したりするわけではありません。

土地や建物の譲渡所得は、売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えていれば長期譲渡所得、5年以下であれば短期譲渡所得になります。長期譲渡所得と短期譲渡所得では税率が異なるため、取得時期の確認は重要です。

信託期間中に当初受益者が死亡して第二次受益者が受益権を取得した場合などは、相続による取得として、以前の取得費や取得時期を引き継ぐかを確認します。

現在の登記だけを見るのではなく、委託者が不動産を取得したときから売却までの経緯をたどる必要があります。


居住用財産の3,000万円特別控除は事前確認が必要

自宅を売却した場合には、一定の要件を満たすと、所有期間の長短にかかわらず、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる特例があります。

ただし、家族信託した自宅について、受益者に譲渡所得が帰属するという理由だけで、特例も当然に適用できると判断することはできません。

誰がその家屋に住んでいたのか、売却時の受益者は誰か、税務上の譲渡者を誰と整理するのか、退去後どのくらい経過しているか、買主が親族などの特別関係者ではないかといった事項を確認する必要があります。

住宅ローン控除、買換え特例、過去に利用した居住用財産の特例との関係も確認しなければなりません。

家族信託した自宅を売却する場合は、売買契約を締結する前に、信託契約と実際の居住状況をもとに特例の適用可否を検討することが重要です。


売却代金も引き続き信託財産になる

信託不動産の売却代金は、通常、受託者が管理する信託口口座などへ入金されます。

不動産が現金に変わっても、信託が終了しない限り、売却代金は引き続き信託財産です。受託者個人の財産になるわけではありません。

受託者は、売却代金を固有財産と分けて管理し、売買契約書、精算書、仲介手数料などの領収書、入出金記録を保存します。これらの資料は、受益者が譲渡所得を申告するときに必要になります。

また、受益者が納税するための資金を信託財産から支出できるかについて、信託契約に定められた受託者の権限も確認しておく必要があります。


信託終了や受益者変更は売却とは別の課税原因になる

不動産の売却と同じ時期に受益者を変更したり、信託を終了したりする場合には、譲渡所得税以外の税金が生じる可能性があります。

例えば、売却代金を信託財産として管理した後、現在の受益者とは別の人へ無償で帰属させる場合には、贈与税または相続税の課税関係を検討します。

また、売却前に受益者を変更した場合は、その変更時点で受益権の贈与または相続があったものとして課税されることがあります。受益者を変更すれば、譲渡所得を自由に別の人へ移せるというものではありません。

不動産の売却、受益者の変更、信託の終了は、それぞれ別の課税原因となり得ます。同じ時期に行う場合は、一連の手続をまとめて確認する必要があります。


売却前に確認する3つの区分

信託契約

  • 受託者に不動産を売却する権限があるか
  • 売却時の受益者は誰か
  • 受益者が複数いる場合の受益権割合
  • 売却後も信託を継続するか

譲渡所得の申告

  • 不動産の取得時期と取得費
  • 建物の減価償却費相当額
  • 売却に直接要する譲渡費用
  • 長期譲渡所得と短期譲渡所得のどちらに該当するか
  • 居住用財産などの特例を利用できるか

売却代金の管理

  • 売却代金の入金先
  • 納税資金の支出方法
  • 売却と同時に受益者変更や信託終了を行わないか

取得時の契約書などは、売却後に探しても見つからないことがあります。売却方針が決まった段階で、申告に必要な資料を整理しておくことが大切です。


まとめ

家族信託した不動産は、受託者が売却手続きを行いますが、一般的な受益者等課税信託では、譲渡所得は原則として受益者に帰属します。

取得費や所有期間は、受託者への信託登記の日だけで判断せず、信託設定前からの取得経緯を確認します。

居住用財産の3,000万円特別控除などは、家族信託をしていても自動的に適用されるわけではありません。信託契約、受益者、居住状況、売却条件などに基づく個別判定が必要です。

さらに、売却と受益者変更や信託終了を同時に行う場合は、譲渡所得税だけでなく、贈与税や相続税が関係する可能性があります。

売買契約を締結してから課税関係が判明すると、取引条件を変更することが難しくなります。家族信託した不動産の売却を予定している場合は、信託契約と取得資料をそろえ、売却前に税務関係を確認しておきましょう。

※本記事は、一般的な受益者等課税信託を前提とした税務上の概要です。実際の課税関係は、信託契約、受益権の内容、取得経緯、居住状況、売却条件などによって異なります。個別の取引については、税理士などの専門家へご相談ください。